「川崎市民平和のつどい」に参加

2月6日、川崎市平和館で、「核兵器廃絶平和都市宣言39周年 川崎市民平和のつどい」が開催されました。1982年に川崎市は当時の政令指定都市で初めて「核兵器廃絶平和都市宣言」を行いました。この宣言から39周年の今もいまだ核兵器のない社会は実現していません。誰もが安心して暮らせる平和な社会の実現に向けて、みんなで平和について考える時間になりました。

まずは高校生平和大使から、コロナ禍で制限があり署名活動もなかなか難しいけれど、ヒロシマ、ナガサキの声を世界に届ける目的で高校生1万人署名活動をしているとの活動報告がありました。

次に原爆被災者の会の山口淑子さんが被爆体験を話してくださいました。たまたま日曜日に勤労動員していて原爆投下の月曜日はお休みで爆心地から1.3キロの自宅で被爆したこと、家族全員何とか無事で火事が迫る中、川辺に逃れたこと、水を欲しがった人に水を飲ませてあげたこと、(後から水を飲ませては本当はいけなかったと聞いたそう)しばらくは体調が悪かったそうです。今年90歳になる山口さんは、このところ北朝鮮のミサイルや中国船などの報道が多いけれども、新聞も読み比べてみると一面に取り上げる記事に違いがあり、敵のドローンを無力化する「マイクロ波兵器開発」を取り上げたところもあればそうでない新聞もあると前日の夕刊を持ってこられて、戦争にならないようにするためには自分で考える教育が必要だと話されました。山口さんとは以前世話焼きワーカーズの活動でご一緒していたので、久しぶりにお元気な姿にお目にかかれ、お話が聞けてうれしかったです。

その後、映画「千羽づる」を見ました。2歳の時に爆心地から1.6キロの自宅で被爆した佐々木貞子さんが10年後に白血病を発症して、小学6年生で亡くなるまでのお話です。会場のあちこちで涙をぬぐう姿が見られました。

戦争は私たちの当たり前の日常を無残にも奪ってしまいます。原爆投下による悲惨さは言葉に言い表せません。唯一の被爆国である日本は、核兵器のない世界を実現するために、平和な社会の実現に取り組んでいかねばなりません。

被爆を体験した山口さんのお話や「千羽づる」の映画をもっと多くの若い人に見てもらい、平和について考えてもらいたいと思いました。

 

核兵器廃絶平和都市宣言

 真の恒久平和と安全を実現することは、人類共通の念願である。

しかるに、核軍備の拡張は依然として行われ、人類の生存に深刻な脅威を与えている。

わが国は、世界唯一の被爆国として、被爆の恐ろしさ、被爆者の苦しみを声を大にして全世界の人々に訴え、再びこの地球上に広島、長崎の、あの惨禍を繰り返させてはならない。

このことは、人類が順守しなければならない普遍的な理念であり、我々が子孫に残す唯一の遺産である。

川崎市は、我が国の非核三原則が完全に実施されることを願い、すべての核保有国に対し、核兵器の廃絶と軍縮を求め、国際社会の連帯と民主主義の原点に立って、核兵器廃絶の世論を喚起するため、ここに核兵器廃絶平和都市となることを宣言する。

昭和57年6月8日

川崎市